札幌高等裁判所 昭和49年(ネ)23号 判決 1974年10月15日
控訴人(原告)
七条真子
被控訴人(被告)
日動火災海上保険株式会社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二七五万円及びこれに対する昭和四八年五月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上、法律上の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一 控訴代理人は当審において次のとおり述べた。
1 前訴は損害中逸失利益につき保険金請求をし、本訴は逸失利益、葬儀費、慰藉料につき保険金請求をしているのであるから、両者の訴訟物は同一ではない。
2 裁判上の和解は、当事者の合意を中核としたもので、裁判所はその仲介や、内容、形式についての形式的審査をするのにすぎないものであるから、これにつき既判力を認めるべきではない。
3 仮に裁判上の和解に既判力があるとしても、昭和四七年一〇月二七日運輸省通達は、自賠法第一六条第一項の解釈を改めて親族間事故の被害者に対し保険金請求権を新たに付与したものと解すべきであり、かつ、同通達中「既に和解成立のものは和解調書にしたがつて処理する」旨の部分は和解に応じた者をこれに応じなかつた者に比し合理的理由がないのに不当に不利益に扱うものであつて憲法第一四条に違反し無効であるといわねばならないところ、本訴請求は前訴の和解成立後に出た前記通達により新たに発生した保険金請求権を請求原因としているのであるから、和解の既判力は及ばないというべきである。
二 立証〔略〕
理由
当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく排斥を免れないものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。
一 本件において前訴と後訴である本訴の訴訟物を同一と解すべきことは原判決理由説示のとおりであるが、付言すれば、交通事故の被害者の保険会社に対する自賠責保険金請求権には、当該事故によつて生じた全損害中保険金額に満つるまでという一個の請求権があるにすぎないのであつて、損害の内訳にすぎない逸失利益、葬儀費、慰藉料等の費目ごとに請求権が発生するものではないから、保険金限度額を請求する以上、その基礎とした損害の内訳如何を問うことなく訴訟物は同一であるといわねばならない。なお、損害額の一部であることを明示または黙示に示して保険金請求をした場合でも、請求金額が保険金限度額と同一であるときは、保険金請求としては、いわゆる全部請求であつて一部請求ではないから、本件における前訴の和解の既判力は後訴である本訴に全面的に及ぶものというべきこともちろんである。
二 裁判上の和解は、確定判決と同一の効力を有するものであること民事訴訟法第二〇三条の明定するところであるから、実体上の無効原因が存しない限り既判力を有するといわねばならない。
三 昭和四七年一〇月二七日運輸省通達が、親族間事故につき自賠責保険金を支払わない従前の扱いを改め、これを支払う扱いにしたことは、自賠法に関する同省の行政解釈を変更したものといえようが、右はあくまでも同省の行政解釈の変更にすぎない。親族間事故の被害者の保険金請求権は同法により従前から発生していたのであり、右通達によつてはじめて付与されたものではない。しかして、右通達後被控訴人を含む保険会社側が、右通達の趣旨にそつて親族間事故についても保険金を支払う扱いとしたが、その際「既に二年の消滅時効期間が経過している事案についても時効を援用することなく請求を受理する」こととして(乙第二号証の三「親族間事故の取扱いについて」四項、同第一号証「親族間事故取扱いの件」七頁)、被害者の保護をはかつているのに引き換え、「既に判決の確定または裁判上の和解の成立によつて訴訟が終了している事案については、判決または和解調書にしたがつて処理する」こととした(乙第三号証の二「親族間事故事務処理要領」一五頁。なお、控訴人は前記通達中に右事項が存する旨主張するが、右主張は認められない。)のは、一見既に確定判決を受け、または裁判上の和解をした被害者を不利に扱つているかの如くであるが、右通達前親族間事故の被害者に保険金請求権を認める裁判例が少なからず存した事実(この点は当裁判所に顕著である)にかんがみると、右通達前の確定判決または裁判上の和解において被害者が通達後の被害者に比べ不利な扱いを受けたとは一概に考え難く、したがつて保険会社側の前記取扱が既に確定判決を受け、または裁判上の和解をした被害者を不利益に扱つたものとはいい難いのみならず、これらの者は確定判決または和解調書の既判力によつても早これと異なる主張をなし得ない状態にあるのであるから、同人らを他の者と区別して扱うからといつてその間に合理的な理由がないとはいえず、したがつてこれが憲法第一四条に反するとすることはできない。以上のとおりであるから、親族間事故の被害者の保険金請求権が前記通達によつて新たに発生し、かつ、裁判上の和解が成立しているものは和解調書にしたがつて処理するものとした保険会社側の事務取扱いが不合理な差別扱いで効力を有しないことを前提として、本訴を前記通達によつて生じた請求権を訴訟物とするものであるとし、前訴の和解の既判力が本訴に及ばないとする控訴人の主張は、採用することができない。
以上のとおりであつて、原判決は相当で本件控訴は理由がない。よつてこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 神田鉱三 落合威 横山弘)